グリーグ《朝》は北欧の朝ではなかった?|フルートが描く夜明けの物語
グリーグの《朝》を聴くと、どんな風景が浮かびますか。
山の向こうから差し込む朝日。静かな森。霧が晴れていく湖。
ノルウェーの作曲家が書いた音楽だからでしょうか。どこか北欧の朝を思い描く人も多いかもしれません。
けれども、この曲がもともと響いていた舞台は、ノルウェーではありませんでした。
【《朝》の舞台は、モロッコの海岸】
グリーグの《朝》は、劇作家イプセンの《ペール・ギュント》のために書かれた音楽です。
主人公ペールは、夢や野心を追いかけながら各地を旅する人物。物語が進むと、故郷を遠く離れ、北アフリカにまで足を延ばします。
《朝》が流れるのは、その旅の途中。第4幕の舞台は、モロッコの海岸です。
北欧の山並みではなく、ヤシの木が見える海辺の夜明け。そう知ってから聴くと、聞き慣れた旋律の向こうに、少し違う色の空が広がるような気がしませんか。
【一つの劇から、世界中で愛される名曲へ】
イプセンが《ペール・ギュント》を書いたのは1867年。グリーグはその後、舞台で使う音楽の作曲を依頼されました。
1876年に舞台で初演された音楽から、後にいくつかの曲が選ばれ、演奏会用の組曲が作られます。《朝》は、その第1組曲の冒頭を飾る曲となりました。
劇の物語を知らなくても、音楽だけで夜明けの美しさを感じられる。それほど豊かな表現を持っていたからこそ、舞台から離れても親しまれてきたのでしょう。
作曲家の生まれた国と、曲が描く舞台。そして聴き手が心に浮かべる景色。その三つが、必ずしも同じである必要はないのですね。
【最初の光は、フルートから】
《朝》のオーケストラ版では、冒頭の旋律をフルートが奏で、続いてオーボエがその旋律を受け継ぎます。
一つの音色で歌い続けるのではなく、違う楽器へ旋律が渡っていく。その変化が、少しずつ明るさを増す風景と自然に重なります。
フルート二重奏で演奏するときも、この「受け渡し」を意識してみてください。
自分のフレーズを吹き終えた瞬間に音楽への意識を切るのではなく、相手の音へ自然につなぐ。旋律を担当していないときも、和声の変化を感じながら、同じ朝の空気を作っていく。
そして、音楽が大きく広がるところでは、ただ音量を増やすだけでなく、響きが開けていく感覚を共有する。二本のフルートだけでも、遠くまで光が届くような表情を作ることができます。
【知ることで、演奏が少し変わる】
作品の背景を知ったからといって、演奏の正解が一つに決まるわけではありません。
ノルウェーの森を思い浮かべても、モロッコの海を思い浮かべても構わないでしょう。ただ、もともとの物語を知っていれば、同じ旋律から受け取るものが少し増えるはずです。
Japan Duo Notesでは、《朝》をピアノ伴奏のいらないフルート二重奏に編曲しています。『続々フルートデュオ名曲集25』にも収録されている一曲です。
作品の背景をさらに知りたい方には、flote.infoの「グリーグ《朝》と《ペール・ギュント》」の解説もおすすめです。
次にこの曲を二人で吹くときは、最初の一音が照らす景色を、ぜひ一緒に想像してみてください。
